投稿公開日:2021-02-01 投稿カテゴリー:牛のよだれ 投稿コメント:1件のコメント <梁山泊百鬼夜行> 昭和44年(1969)4月、私がまだ8歳のころ、父・耕作は、京都伏見で暮らしていたイナガキ・タルホ邸を訪ねていた。 盟友・澁澤龍彦、そして舞踏家・土方巽らと。 その際の写真から数点。 おぼろな記憶だが、土方巽が洛北の実家へ泊ったのは、きっとこの日の晩だったのでは。 「母からの話」 キッチン横の居間で寝ていた土方巽。 目覚めた直後に、掃き出しの窓から遠く市内を眺めて立小便。 「あー、爽快だあ!」 後ろには、寝小便の染みる敷布団が。 後日、母の親友が、この布団を譲ってほしいと懇願していたそうな。 1件のコメントがあります 村岡英二 2021-03-10 返信 生田耕作先生は偉大です。 現在の日本の知識人に 生田先生のような 気骨ある人物は 一人も居ません。 コメントを残す コメントをキャンセルコメントコメントする名前またはユーザー名を入力してください メールアドレスを入力してコメント Web サイトの URL を入力してください。(任意) 次回のコメントで使用するためブラウザーに自分の名前、メールアドレス、サイトを保存する。
生田耕作先生は偉大です。
現在の日本の知識人に
生田先生のような
気骨ある人物は
一人も居ません。