< 海保青陵「高瀬河帰船」>

生田耕作のお気に入りで、神戸の御影から洛北鷹峯へ戻って以降亡くなるまで、2階書斎床の間右側の壁面に最後まで飾っていた扇面額。

・海保青陵「高瀬河帰船」

高渠二丈深十寸  高渠(こうきょ)二丈深さ十寸
上的呻吟下的歌  上的は呻吟し下的は歌う  
廿里任流不須竿  廿里流に任し竿を須(もち)いず
五条橋南嬲娼過  五条橋南 娼を嬲(なぶ)って過ぐ

高瀬川は掘割り二丈(6メートル)に水深十寸(30センチ)。
上り船はうんうん唸り綱で曳くが、下り船は鼻唄まじりだ。
伏見までの二十里流れるがままで棹もいらない。
五条の橋を過ぎるとき、ちょいと街娼をからかってやった。

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次回は、双蓮居玄関にやはり最後まで飾っていた聯、山中静逸「対嵐山房」を、ご紹介します。

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